任俠道とは

 

任侠道とは端的に任侠界を歩む人の道を指し、況や侠客道をいうのだ。今や侠客と申しましてもピンとこないと思うが、侠客とは要訳して「弱気を助け、強気をくじく者 (大辞林参照)」であるから、任侠道とはつまり弱者の為には己を顧みず、強者に立ち向かっていく精神を貫く人の道だという事になる。

 

任侠百年史などに詳しく記載されている事実から紐解くと、古くは「古事記」の一文にある、天照大神の弟、スサノオノミコトの退治などは任侠だとしている。

 

つまり、町娘の命を助ける為に八岐大蛇に立ち向かっていった事が、邪を糺し悪を挫く任侠の精神なのだ。

 

中国の司馬遷著「史記」の遊侠列伝の一文にもそれを見る事ができる。司馬遷は大雑把に遊侠とし、正悪はハッキリと書き示している。

 

また、福岡県出身の政治家・中野正剛は「任侠と卑劣」と題する講演で、『弱者を虐げる強者に阿る心ほど、人間として卑劣な事はない。強者を挫き弱者を扶くるを任侠という。人間の美徳である。国運起こらんとする時は任侠の気風が興り、国運傾く時は人心衰えて卑劣の行動が行われる。』と、述べたという。

 

つまり様々な文献から見るに、仁(人を慈しむ心・人情)に厚く、義(人として行うべき正しい道)を貫く者の道なのだということがわかる。