終わりに

 

最後まで目を通して頂きありがとうございました。

 

引き続き任侠道について掲載していこうと考えています。

 

時代の波に呑み込まれて古き良きものが廃れてしまい、風化していこうとしている現状を省みるに、このままでは日本が日本でなくなってしまうといった憂いが払拭できません。

 

ヤクザという存在を肯定するわけではありませんが、ヤクザ社会は神国日本のしきたりの中で、神前に於ける契りと盟約に従って育まれて来たものであると聞き及びます。

 

確かに悪事をはたらき裁きを受ける者も存在し、過去にも色々な問題もあった事を知っていますが、果たしてそういう経歴から、全てが悪と言えるのだろうかという疑問符を抱かずにはいられません。

 

長い歴史の中で証明されてきたように、己の一命をも顧みずに、他人の為に尽力する侠達の姿は、どれだけの人達を勇気づけ、どれだけの抑制力と成って国を支えてきたか、今一度考えてみる時が来たのではないかと私は思います。

 

確かに「荒くれ者、はみ出し者、不良」と、世間から爪弾きされ、そこに住む他に道が無かったのかもしれません。しかし、やがてそういう者達が先人の教育から本物の仁侠道を知り、侠道人の在り方に気付き、弱き者の為、世の中の為と、不肖な己が「何か世間の役に立ちたい」といった素朴な思いから、その理想に従って侠客とした生き様を貫き通すように成って行くといった流れが、この道の成り立ちではないかと私は思うのです。

 

耕作民族特有の考え方が相俟って、「土地を守る」といった伝統と文化が作り上げた、庶民前衛とされる人の考え方が、況や仁侠道の精神であると私は思うのです。

 

こうした仁侠道を主体として生きる精神は、掛け替えのない国の財産であると私は思うのです。

 

現在の日本に於ける風潮を見渡して、誰が他人の為に汗を流しているというのだろうか…

 

日本任侠道の真髄である「他が為の精神」は、今まだ息衝いていると私は確信するわけであります。

 

そもそも世情を賑わす暴力団などという固有名詞は、犯罪を犯す集団を意味し、暴力を生業とする者達を指すものであって、任侠界に生きる者全般には到底当てはまらない。

 

筆者は、今まだ息衝く任侠世界を我々が理解し、国の間違った政策に終止符を打たなくてはならない事を思うのです。

 

同じ国民でありながら、同胞をこんな風に差別した国の政策が許されたならば、次は又私達の何かに移行していくに違いない。

 

誤った政策を野放しにしていては、それを基に又過去のファシズムの世界に国家が暴走するといった懸念を抱き、それを阻止する為に皆さんの賛同を頂けます事をお願いし、終わりのコメントとさせていただきます。

 

ありがとうございました。